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分野別の取り組み

子どもの福祉

赤ちゃん学びの会の取り組み
(社会福祉法人 常石会 常石すくすくハウス:幼保連携型認定こども園/広島県)

取材時期:2023年6月
取材者:大田区社会福祉協議会おおた地域共生ボランティアセンター 高木 仁根 センター長
(全社協・児童福祉施設等による地域の子ども・子育て家庭支援体制の構築に関する検討委員会 委員)

はじめに

認定こども園 常石すくすくハウスによる「赤ちゃん学びの会」は、小学生を対象に、性教育も含め乳児に関する学びの機会を提供するため、2022年11月から近隣の小学校と連携して取り組みを始めた。

連携にあたり、小学校教諭と子どもの自己肯定感をともに育てていく立場として、赤ちゃんの視力や運動能力の発達、心の発達などを知ることが、子ども達が将来の親や教育者としての道しるべとなり、赤ちゃんのときに自己肯定感の根っこが育つということを知ることは、実は現代の教科の中ではなかなか学ぶことがない貴重な機会であるということを伝え、共感してくださり開催に至った。

取り組みの背景・動機

人間の赤ちゃんは、心身ともに急激な発達の途上にある。その過程で、特定の他者との愛着関係の形成は、その後の情緒の安定など、さまざまな発達に影響を及ぼすことが多い。

一方、子どもたちは、赤ちゃんとのかかわり方や世話の仕方など、大切にしたいポイントを知る機会がないまま成長し、親となることが多いのではないか。大人になって、保育者や教師となることもあるだろう。

そのような疑問を抱き、「赤ちゃん学びの会」を立ち上げた。それによって、児童虐待防止や育児不安の軽減はもちろん、子どもたちが人の育ちに関心をもち、将来保育者や教師になったり、少子化が進展する現状やひいては経済にまで好ましい影響が及ぶことを期待している。

対象を小学生としたのは、多様な分野に興味・関心が広がりつつある学童期が、よりシンプルに「人の育ち」に興味・関心をもつきっかけづくりをしやすい時期なのではないかとの予測にもとづく。

また、小学校との連携において大切にした視点は、一方的に子どもたちに知識を与えるという形式ではなく、子どもたちとの対話を重ね、興味・関心の度あいなど様子を観察しながら授業を進めていくということである。実施後、子どもたちからの感想や様子を学校の先生方と共有し、次回の内容や構成をよりよいものにしていくように取り組んでいる。

取り組みの概要

授業は、低学年(1年生から3年生)、高学年(4年生から6年生)それぞれにおいて、1コマ45分×2コマを2回ずつ、計8コマを実施。その際、子どもたちに知識をインプットするだけでは十分ではないとの認識から、対話を重視し、子どもたちの声を引き出し、その気づきを促す参加型の授業になるよう配慮している。もちろん、低学年と高学年で話し方には配慮する必要がある。

授業では、「みなさんもいつか誰かのお母さんやお父さんになるかもしれない」と、なぜ赤ちゃんの話をするのかというところから始める。そして、まず赤ちゃんの気持ちになって考えてみようと促す。子どもたちは真剣に話を聴いてくれる。お母さんのおなかの中から出てくるときの赤ちゃんの気持ちを子どもたちに問うと、「ママのおなかの中はどんなところ」、「生まれると急に明るくなって赤ちゃんはびっくりするね」という子もいた。高学年では、「ぼくは帝王切開で生まれたから産道を通っていない」などという子もいた。

赤ちゃんは小さな人ではない。赤ちゃんにとって良いこと、悪いことを一緒に考えていく。子育てに悩んだらすぐスマホで検索する親は多い。本当にそれでよいのだろうか。検索して調べた内容は本当に正しいのだろうか。このような視点からインターネットなどから得た情報の良し悪しを考えていく。例えば、子育てグッズについても赤ちゃんの育ちにとってすべて望ましいものなのだろうかという視点をもって、実物を触ったり見たりしながら一緒に考えていく。

赤ちゃんの人形をだっこする体験では怖がる子もいた。だき方がわからない子も多いのではないかと自分の経験から園長先生は考えた。「くびがすわる」とは、くびを上下左右に動かせるようになることをいうが、それまでは横だきしましょうねと子どもたちに話す。また、おんぶとだっこの違い、だっこは赤ちゃんの体にどのような影響があるのかなど赤ちゃんへの影響を子どもたちと考えた。

赤ちゃんの気持ちを考えることは人の気持ちをイメージすることにつながっていく。赤ちゃんの気持ちに親になってから気づく確証はないなか、少なくとも話を聴いてくれた子は気づくことができるようになる。また、赤ちゃんの視力や聴力の話をする。生まれてすぐの赤ちゃんの視力は0.02、6か月の赤ちゃんは0.2しかないこと。胎生23週より、おなかの中でお母さんの心臓の音や血液の流れる音が聞こえているといわれている。生まれる前から赤ちゃんに声をかけることは、赤ちゃんにとって心地よい体験となる。ところが、スマホを見ながら黙って子育てしている母親は少なくない。心理学の視点から、赤ちゃんの心が育つタイミングを学ぶ。そして、そのタイミングを逃しやすい現代社会のあり方について警鐘を鳴らす。愛着形成やスマホを見ながら授乳するなどの「スマホ育児」等について、子どもにもわかりやすい言葉や事例を選んで伝えていくのである。スマホを見ながらの授乳に関しては、寸劇を見てもらって感想を聴いたりした。子どもたちは予想以上に「スマホ育児」に対して嫌悪感を感じてくれ、家に帰って親に伝えたい、初めて知って勉強になったなどの感想が出された。対話を重ねて子どもたちの声を聴いていくと、赤ちゃんにもっと話しかけたいという声が子どもたちから出てきた。赤ちゃんにこれから優しく近くで温かく関わりたいという感想が子どもたちから出たことは何よりうれしいことであった。

写真:スライドショーを用いた授業の様子

また、この取り組みでは、「自分は生きていてもいい存在なんだ」「何か特別なことができなくてもそこにいるだけでよい存在なんだ」という子どもたちの自己肯定感を高めることをゴールにしたいと考えていた。

人は、生理的早産といってほかの動物と比べ未熟な状態で生まれる。例えば、ほかの動物と人との一番分かりやすい違いは、生まれてすぐに歩けるか歩けないかということである。すなわち、ミルクを飲ませてもらったり、おむつを替えてあげたり、赤ちゃんのそばには世話をする人が必ずいるということである。世話をする人がそばにいれば必ずそこにふれあいがあり、声かけがあり、赤ちゃんはその繰り返しのなかで他者との付きあい方を学んでいくことになる。そのような赤ちゃんの心を育てるのに大切なこと、人との付きあいの基礎となることを伝えるようにした。人間の赤ちゃんだけがミルクを休み休み飲む。それは大事なことで、飲み休んだその時に声をかけてもらったか、触ってもらったか、その時の働きかけが自己肯定感を育む。自己肯定感が十分に育たないと思春期に悪影響が出ることも懸念される。一生をかけても赤ちゃんの時の育ちをやり直すことは難しいかもしれない。

ベビーカーも対面型を使って赤ちゃんに話しかけやすくするとよい。対面型、背面型のベビーカーを小学校にもっていって子どもたちに体験してもらうと、こんなに赤ちゃんへの話しかけやすさが違うんだと子どもたちが気づいてくれたのはうれしかった。

写真:対面型ベビーカーを用いた説明を聞く子どもたち

写真:対面型ベビーカーを用いた説明の様子

写真:スマホを見ながら背面型ベビーカーを押す様子を再現した説明

それだけに、赤ちゃんとのコミュニケーションにスマホが与える悪影響は大きい。赤ちゃんと一緒にいても無言でスマホをいじる時間が長くなる。声かけやふれあったりできなくなる。さらに、赤ちゃんにスマホを見せると赤ちゃんの目の筋肉の発達を阻害することもあるし、不登校など将来の生きにくさにもつながってしまうことを懸念している。また、自分が本当にしなくてはならないこと、睡眠・食事・学習・運動などよりスマホを優先してやめられなくなってしまう。そうすると生活リズムがくずれ、ほかのことをやる気がなくなったり学校や仕事に行くのが嫌になったりする。このような、いわゆるスマホ依存に陥らないように、その依存度の高さや危険性、学校で使うタブレットの適切な使い方といったことも同時に考えていく。例えば、電子メディア機器であるスマホやタブレットなどを使う場合、①人と協力する力、②自分で工夫する力、③想像する力、④自分が今本当は何をしたいのかをしっかりつかむ力という4つの力をもっていると、メディア依存になりにくいということがいわれていることを伝えていく。

自己肯定感が高まると、子どもたちは心も体も健康に、切磋琢磨しながら意欲的にさまざまな活動に取り組めるようになっていく。教育としても自己肯定感を育むことは大切であり、お母さんのおなかの中にいるときからその根っこを育てる必要を学校の先生方にも共感していただけた。そして、子ども自身が自分のよい点に気づけるような取り組みとして、その後の学校の授業にも活かされている。お母さんやお父さんにも知ってもらいたいが、子から親へ伝えられることもある。「赤ちゃん学びの会」の実践をとおして、子どもたちが真剣に聴いて質問したり、考えて答えてくれることが印象的だった。想像を超えて興味・関心をもってくれた小学生には感心させられることが多かった。

職員への影響

「赤ちゃん学びの会」の実践を通して、職員の体感的な理解が進み、自分の子にも聴かせたいとの感想も出されている。常石すくすくハウスは0歳児保育を大切にしており、「赤ちゃん学びの会」の取り組みは、職員のやりがいにつながっている。同時に専門職としてのプライドも高まり、スキルのレベルアップにもつながっている。

今後の課題

乳児の保育・子育ては誰でもできるというような風潮を危惧し、赤ちゃんの育ちにとって本当によいことを発信していくことがこれからの課題と考えている。ほかの園に伝える機会は少ないので、連絡会などの場でも「赤ちゃん学びの会」の経験を発信していきたい。その際、得られた知見の根拠を確かなものにしていくことが大切である。

働きかけをし、通園する予定の子が生まれる前から園に来ていただいている保護者もいる。そのような場合、実際に生まれて入園してからは、環境によく慣れ、落ち着いている子が多い。このような取り組みの有効性の検証や発信も大切であると考えている。

取材を終えて

筆者が勤務する社会福祉協議会では福祉教育の推進を掲げており、小学校等を対象に高齢者・妊婦の疑似体験セット、白杖、車いす、赤ちゃんの沐浴人形などの貸出事業を行っている。しかし、社会福祉協議会として主体的に子どもたちの将来の成長を見据えた取り組みとなるまでには必ずしも至っていないのが現状である。一方、認定こども園 常石すくすくハウスによる「赤ちゃん学びの会」の実践は、単なる体験にとどまらず、現代社会が必要としている子どもたちの本当の学びを通して、子どもたちの自己肯定感を育み、健やかな成長を応援する営みである。さらに、それにとどまることなく、子どもたちがやがて大人になり親になったときに、その次世代にも効果が循環していくようなスケールの大きい実践であると感じた。

このような実践を可能にしているのは、園長先生をはじめとした職員の方々がもつ保育者としての人へのあたたかいまなざし、社会に対する深い問題意識と保育者としての高い専門性であることは言うをまたない。このことは、つねに実践の基礎となっている知見の根拠を明らかにしようとされている職員の方々の姿勢にも表れている。社会福祉法の改正により、社会福祉法人の地域貢献が大きな課題となっている今、常石すくすくハウスの実践は、職員の専門性をフルに活用しているという点でも、また将来を見据えた息の長い取り組みであるという点でも特筆すべきものである。このような取り組みが可能であるのは、ハウスの保育方針、「ともに育ちあう保育を」――「『すくすくハウス』カリキュラムで家庭との連携を深め、情報・意見交換することにより、大人、子ども、保育士、職員、地域の全てがお互いに成長しあえ、育ちあえる保育を行う」(常石すくすくハウス ホームページより)という方針が職員の方々に浸透している証であると感じた。このような取り組みが、少しでも多くの地域、実践者に知られ、広がっていくことを願っている。

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